大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和38年(オ)537号 判決

上告人 大塚卓爾

被上告人 国

国代理人 宇佐美初男 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

上告人は、原審で、高木検察官が本件公訴を提起するについて故意に上告人に損害を加えた旨主張立証していないのであるから、原審がこの点について審判しなかつたことに所論の違法はなく、本件起訴について高木検察官に過失があつたことは認められない旨の原審の判断は、証拠関係に照らし、相当である。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを攻撃するか、原審の専権に属する証拠の取捨判断ないし事実の認定を非難するに帰するから、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告人の上告理由

一、原判決はその認定事実について検察官は一応注意義務を果したというべきであり不動産の横領罪の要件たる占有の解釈は非常に困難であり検察官に法律の解釈ないし事実認定に過失があつたと言うことは出来ないとして上告人の請求排斥して一審判決を取消している。

併し乍ら原判決は法令の解釈を誤つた違法がある本件は不法行為に基く損害賠償請求事件なるを以て原審に於て被上告人に賠償責任なしとするには高木検察官に故意及過失なき事実を説明せざるべからざるに拘らず単に検察官に過失なしとのみ説明し故意の有無に付更に之を説明なさず漫然上告人の請求を否定したことは法の解釈を誤つたものである、責任を生ぜしめる故意と過失との間には法律効果の発生の上に差異はない従つて被害者は損害賠償を請求するに当つて加害者の故意又は過失を選択的に或は併せて主張してもよい、その一方に限定する必要はない裁判所としても過失の主張がある場合でも故意の認定をしても差支えなくその逆も許される。

(大正二年(れ)第三〇四号同年四月二日大審院判決)而して民法第七〇九条の故意過失と国家賠償法第一条の故意過失と何等差異あるものでない。

而して本件建物の如く未登記不動産についてその法律上の占有に関して有力学説及判例によつて疑を生じている場合は原審の説示する如く「不動産の横領罪の要件たる占有の解釈は非常に困難であり」強ち検察官に過失ありとは言い得ないかも知れないが今日法律上の占有を認めた通説及判例はない他方本件建物は昭和二十九年四月以降訴外加藤清が現実管理し澱粉工場として占有していたことは検察官が犯罪捜査によつて熟知していたことで乙第二〇号証、乙第二一号証、乙第二二号証により明かである、検察官は乙第一六号証ノ一及同号証ノ二に依れば「登記簿上の所有名義人については法律上の支配を認めた判例はあるが登記簿に登載されていないから直ちに法律上の支配がないと積極的に否定した判例は見当らない」と述べている、だからといつて上告人に法律的支配があるとすることは解釈の飛躍である、更に検察官は「本件建物が未登記であつても家屋台帖に登載せられているのだから台帖上の所有名義人は登記簿上の所有名義人と同様法律上の支配がある」と述べているが同趣旨の判例及有力学説之亦ない之は検察官の解釈であり意見である、検察官は法令のないことを知り乍ら即ち法令がないのだから起訴すべきでないに拘らず職務上の義務に違反して敢へて起訴して上告人の権利を侵害したのであつて原判決がこの点を説示しないのは法令の解釈を誤つたものである、仮りに占有に関する検察官の解釈が許されるとしても検察官及原審の認定は家屋台帖上の所有者は社団法人房総同郷会成東分会であり共有者の氏名は明記してない、不動産登記法第一〇六条未登記の建物の所有権の登記は家屋台帖に自己又は被相続人が所有者として登録せられたる者とあるから所有権の登記は出来ない即ち検察官の法律上の支配は本件の場合適用し得ない社団法人房総同郷会成東分会は法人でないからこの所有者としての登記は出来ない又共有者は何人であるかも明記してないから共有者としての登記は出来ない、原審判決が上告人は「同建物を第三者に処分し得る立場にあつて横領罪上被控訴人(上告人)の占有に属すると考え得ないわけでもない」と解釈しているが上告人の所有権の登記は出来ないのだから上告人の法律上の支配はあり得ない原審は法律上の占有の解釈を誤り従つてその適用を誤つて検察官に過失ないと判断したのである。

二、原判決は本件建物は出資者の共有と事実認定したが法律の適用を誤つた判断である。

昭和二十一年十二月上告人は第一次出資者である十七名を各個別に訪問上告人の藁工品製造販売事業のため各自は出資をなし営業より生ずる利益は分配すべきことを約し合計八万二千円の出資を得て事業を始めたものでその営業は甲第一〇号証ノ一及同号証ノ二(東金税務署の公文書)の示す如く上告人の営業である、次に同二十二年六月上告人は第一次同様八名を各個別に訪問上告人の藁工品製造販売事業のため各自は出資し営業より生ずる利益は分配すべきことを約し第二次四万円の出資を得たもので第二次出資について第一次出資者の承諾を得たものでない、依つて商法第五三五条を適用すべきものであるに拘らず原審は民法第六六七条を適用した、之は事実認定の可否の問題でなく法律適用の可否の問題ある又上告人の営業を証する右甲第一〇号証ノ一及同号証ノ二は公文書でありその表示する内容の証拠力を排斥するにはその理由を説示しなげればならぬに拘らず原判決は之を示していない、理由不備の判決である。

三、昭和二十九年三月十六日の上告人と訴外加藤清との本件建物についての契約(甲第七号証)は原始的に不能であるから債権関係を生じない従つて所有権移転の効果を生ずるものでないと上告人は主張したるも原判決は漫然建物所有権は加藤清に移転したと判断したことは理由不備である、即ち同契約は甲第七号証の三項(契約書)によりその代金支払は登記完了の時であり登記は契約の内容である、之を原判決は単なる売買契約と判断し契約と同時に所有権は相手方に移転したものと判断したが一項に於て述べた如く所有権の登記は出来なかつた、即ち不動産登記法第一〇六条には未登記の建物の所有権の登記は家屋台帖に自己または被相続人が所有者として登録せられたる者とあるに拘らず本件の家屋台帖はその所有者名義人が社団法人房総同郷会成東分会染屋卓爾と記載あつてその所有者は何人か不明であるので登記が出来なかつたのである、その登記が出来なかつたことは乙第二〇、乙第二一、乙第二二、乙第六号証ノ三及四によつて明かである、登記が不能であるに拘らず契約の効力として所有権が移転したとすれば相手方は登記の不能を理由として代金支払を免るるという極めて不合理な矛盾を生ずる。

四、原審はその事実認定に於て「建物台帖には社団法人房総同郷会成東分会の所有名義となつていること」と判決しているが仰々この誤認を招来したものは検察官が成東町長作成の回答書(甲第二号証)を上告人の千葉地方裁判所八日市場支部昭和三二年(わ)第九二号横領事件に提出したことに基くもので之が誤りであることは上告人は成東町長代理作成の証明書(甲第三号証)及家屋台帖の写本(甲第八号証)を以つて主張攻撃し被上告人も之を認めたに拘らず原審は事実認定に於て誤りを冒している。

検察官は右回答書が地方自治の規定により無効なることを法律解釈の誤解により知らず又裁判官もその無効なることを知らず家屋台帖の所有者氏名が社団法人房総同郷会成東分会となつていると事実認定し之が延いて本件の一審判決も成東町長には地方自治法第二条第二項刑事訴訟法第一九七条第二項により照会に対する回答書の作成権限があると解したので上告人は二審に於て更に主張したが原審はその判決に判断を遺脱したのみならず法律解釈の誤解により家屋台帖の所有者氏名が社団法人房総同郷会成東分会となつていると認定したのであるが地方自治法第二条法第八項により町が処理しなければならぬものは別表第二に規定あり同法第一四八条三項により町長が管理し執行しなければならぬものは別表第四の規定である「成東町長作成の回答書」は地方自治法第二条〈14〉項の法令違反の事務であつて同条〈15〉項によつて無効である検察宮はその起訴状に於て「右建物は未登記にして家屋台帖の上の所有者は共有者等の事業上の名称である、社団法人房総同郷会成東分会名義となつていた」と記載原審も事実認定に於て法令の解釈を誤りたるもので上告人は之を争うているに拘らず判断を示さないのは理由不備の判決である。

五、原審判決は「検察官は証拠に照らし有罪判決を受ける見込のある犯罪事実について訴訟の途中に於いて公訴事実の同一性を害されない限り訴因罰条の変更をなし得るのだから右事件に於いて詐欺及公文書不実記載の各犯罪の成立する見込は十分あつたのだから検察官に過失はない」と判断を示している過失がなかつたとするには検察官に起訴するに際し考え違いをしたことについてもつともな事情があつたということを明かにする必要がある、詐欺公文書不実記載の各犯罪が成立するか否かは検察官が訴因罰条の変更をなし各犯罪について審議審理して始めて判断し得るもので故意過失と何等関係はない、検察官が別罪成立するものと考えるなら訴因罰条の変更手続をとり飽く迄刑事訴追をなした筈であるがかかる手続をしなかつたことは検察官が別罪の成立を考えなかつたことである、乙第一六号証ノ一(上申書)四項に於て詐欺罪で起訴しなかつた理由及公正証書原本不実記載同行使罪の罪名罰条を記載しなかつた理由として詐欺罪については被告人に法律上の支配がありしかも末だ事実上の支配が移つていない(騙取がない)とすると成立は困難であると考えられたからであるが訴訟の経過によつては詐欺もしくは背任に訴因を変更する考えはもつていた、また公正証書原本不実記載同行使罪についてはその成立は明白であるが起訴の形を単純明瞭にする考えもあつて必要に応じ別条を追加さえすれば裁判所で認定ができるように公訴事実の中にその点も掲げておいたのである」と述べているが之は何等過失がなかつたという事情を明かにするものでない原審判決は過失がなかつたということについて法律の解釈を誤り理由不備を免れない。

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